ゆったり&やさしさ -小ちゃい子はええよぉ
2月生まれのMちゃん。ちょこちょこ歩いてあちこち探検、歩くのが楽しくてしょうがない様子の日々。この前も、迎えにきたおばあちゃん、「この人歩くのが好きでねぇ。寄り道しながらだからとても時間がかかるけど楽しそうだからねぇ」って。そう、小ちゃい子の目線は大人と違って低いから、目につくもの気になるものも、道ばたに落ちているゴミみたいなものだったり、コンクリの間から生えている草だったり、マンホールや排水溝の穴だったり、思わぬ所で立ちどまってひととき遊んでいる。 時間に余裕のない親は、そんな子どものぶらぶら歩きにいちいち付き合っていられないだろうけど、かっぱでは行き先を定めず、ただその辺をぶらつくだけのさんぽを”ぶらぶらさんぽ”と称してけっこう大事にしている。もう少し大きくなると、「さ、今日は公園へ行くから」とせっせさっさと歩けるようになるのだが、この”ぶらぶらさんぽ”を十分にやっていないと、大きくなっても目的地までまっすぐ歩けず、厄介なことになる。いや、厄介はいつでもどこでもあるものだから別に構わないのだが、その時代、その時代の楽しみ方ちゅうものがあるし、「へぇー、そんなもんが面白いのか」とか大人にとってもすごく新鮮だったりして… 小さい子を持つ親は、そういうゆったりした子どもとのつき合いをぜひおすすめしたい。きっと何か新しい発見、思わぬ拾いものがあると思うよ。 さて、そのMちゃん。おやつのあとかっぱの前の路地で遊んでいる時、大きい子に「ねぇ手つないで」と一緒に歩くよう要請する。頼まれると大きい子たちも「はいはい」とやさしく手を貸してあげてMのいいなりにちょろちょろ歩く。Mのおかしいのは、一人がすむとまた違う子のところへ行って「ねぇねぇ」って。大きい子達も面白いのは、つい今の今まで自転車を乗り回していたり、ケンカしたりしたのがMに迫られるとやさしい気持ちになるようで「はいはい」「どこ行きたいの?」と声のトーンまで変わってくる。で、まわりの大人たちに「あーらいいわねぇ」「お2人でどちらへ?」なんてひやかされてニヤニヤしたりして… 私ら大人もそうだけど、べらべらしゃべる大きい子には「やかましい!何わぁわぁ言うとるんじゃ!」「そんなもん、自分でせんかい、アホンダラ!」とつい乱暴な口調になったりするのが、赤ちゃん、小ちゃい子に対しては「あらあら、どうしたの」「そうなの、だっこしてほしいの」と別人のような対し方になる。ええとか悪いとかじゃなく、自然にそうなるんだな、これが。 いや、自然にというか、相手がそういう風にしむけてくれるんでしょ、きっと。そうすると、自分でもびっくり。自分の中にある”やさしさ”に気づかされる。やさしい自分になれる。何とまぁ、ありがたいことではありませんか。 所詮、子どもも大人社会の中で生活しているのだから、ええも悪いもいろいろ身につけていくのだろうし、どういう時にどういう出方をするか、なんちゅう技(?)も身につけていくのだろうけど、小ちゃい子に対するやさしさみたいなものは講釈で覚えるものでなく、いっしょに生活していく中でわかることだと思うから、かっぱのようにねっころんでいる赤ちゃんからやかましい大きい子たちまで年令差のある子たちが同じ平面でつき合うというのはとても大事だと思う。このご時世、兄弟姉妹が少ない、大きい保育園や学校にいくと同年令同士のつき合いだけになってしまうことなど考えると、大家族のように生活できるかっぱのような保育所がいかに貴重な場所であるか、と思いませんか、皆さん!
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