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感動の滴は、記憶の奥底に

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 この夏休み、実家に帰ってきました。
親が体調を崩すなど、最近は頻繁に(といっても年に一回程度ですが)帰る事態になっています。
子どもがいれば、孫に会わせるとか、子どもに田舎を体験させるということで、もっとしょっちゅう帰るのでしょう。大人だけだと、仕事優先で必要がなければ行かない、ということになってしまいます。

それで、話したかったのは、子ども時代の思い出に関わることです。
これは他でも話したことがあるので、ご存じの方のいるでしょうが、
やはりここでも書いておきたいと思います。

 私は、母に読み聞かせをしてもらった記憶がありません。しかし、3歳の頃、絵本を一人で読んでいた(!)という記憶があります。母がふすまの向こうからそんな私を笑って見ています。
今でもその絵本のことは憶えています。熊と猟師の話で、熊をしとめようと山に入った猟師が、木の枝をはじいては音を出して楽しんでいる熊を見て、撃たずに帰ってくる、というような物語で、写実的な絵でした。
20代の頃、それを思い出して、私は3歳の頃から字が読めたんだと、思っていました。しかし、子どもの本屋を始め、子どもの様子などを見たり、話を聞いたりしてわかったのです。私は文字を読んでいたのではないと。何度も読み聞かせてもらい、すっかりその物語を覚え、絵を見ながらそらで物語を語っていただけなのです。
そんな様子をほほえましく見ていた母。しかし、私は笑われているような恥ずかしさを覚えたことも思い出しました。3歳でも心の中は微妙です。しかし、なんと都合の良い部分しか憶えていないのでしょうか。自分がやったことしか憶えていないのですから。

 もう一つ、店を始めた頃にわかったことがあります。

福音館書店の『3びきのくま』という昔話が、どうも自分の憶えているものと違うのです。
昔話ですから、沢山の絵本がいろいろなバージョンででています。その中で、福音館書店のものが定番とされていました。でも、でも私の知っている話とは、何かが違う、リズムとか言葉の言い回しとか、同じ話ではあるけれど、、、そんな違和感を感じていました。

何かの折りに、母にそのような感想を述べたところ、「私が読んであげたのは、福音館でも瀬田貞二訳のよ」と言うではありませんか。「『母の友』に載っていたのを、毎晩のように読んであげていた」と言われたときは、本当に驚きました。私にはそんな記憶は一切ないのですから。しかし、母の言う『金のがちょうのほん』に収録されている「3びきのくま」を読んだとき、ああこれだ、と思いました。子どもって勝手ですよね。してもらったことなど、どこかにいってしまっているのです。でも、記憶にはないけれど、読んでもらったものは心の奥底にしっかりと貯められていたのです。子どもの本屋などという仕事を始めなかったなら、決して表面には浮かび上がってこなかったでしょう。人にとって、思い出せない過去はなかったようなものです。しかし、ちゃんとそこにあるのです。不思議ですね。

 絵本を読むことは、感動の滴を心に垂らすことだ、と言ったのは、絵本・紙芝居作家のまついのりこさんです。読んでもらうと、滴がぽたあんと心の中に落ちる。いつかそれがいっぱいになって溢れてくるかもしれない。でもそれまでは外からは見えないのだと。私は自分の体験から、ものすごく納得できる話でした。だから、即効性はないかもしれないけれど、すぐに反応はないかもしれないけれど、絵本を読んであげてほしい、と私も思うのです。感動を共にする体験というのは、心の奥底でつながれる貴重な体験だからです。
もちろん、成長した子どもは憶えていないでしょう、子育てってそういうことばかりですよね。でも、今その瞬間、味わったものは、「思い出」にならなくても、ちゃんと心の中にあるのだと思います。

 ということで、今回は「3びきのくま」の絵本をいくつかご紹介します。このお話は基本的には、トルストイのロシア民話と、イギリス民話の2パターンあります。どれが好きか、読み比べてみても面白いですよ。

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↑「3びきのくま」トルストイ/ぶん バスネツォフ/え おがさわらとよき/やく 福音館書店

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↑「金のがちょうのほんー四つのむかしばなしー」レズリー・ブルック/文・画 瀬田貞二・松瀬七織/訳 福音館書店

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↑「3びきのくま」ポ-ル・ガルドン/さく、多田裕美/訳 ほるぷ出版

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↑「3びきのくま」トルストイ/作、片山健/絵、千野栄一/訳  三起商行

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↑「さんびきのくま」バイロン・バートン/ぶん・え なかがわちひろ/訳 徳間書店

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↑「三びきのくま」レフ=トルストイ/さく ウラジミル=レーベデフ/絵 うちだりさこ/やく 偕成社

(NO IMAGE)
「3びきのくま」バーナデット・ワッツ/作・絵、佐々木田鶴子/訳 西村書店(新潟)

※※お詫び※※
ひつじさんからとうのとっくに原稿をいただいていたのですが、
MIAの体調不良のために、更新作業が遅れてしまいました。ゴメンナサイ。

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▽ この記事へのコメント ▽
Comment No.1

あいかわらず友人の子に本を読んであげていますが、
ちょうど、「読んでもらった記憶って残るのかな」と
思っていたところだったので、興味深く読ませていただきました。
私は弟妹が大きくなるまで、母に寝る前の本を読んでもらっていたのでそのあたりの記憶が鮮明です。
おそらくずっとそうしてもらっていたという認識もあります。
でも途中から自分のペースで読みたい!欲求がでてきて
一人でどんどん読みとばしはじめたような気がします。
読んであげても、本が好きになるとはかぎらないのかも?
と思い寂しいきもしてましたが、
滴がおちるように ゆっくりでも
ちゃんとたまっていくものなんですね。

Posted by tenko : at 11 18, 2005
Comment No.2

いい話だなぁ。もしかしたら、私のしていることも
子供の心のどこかに存在していられるのかぁ。

こどもに読み聞かせるということも、ひとつの贈り物ですね。そこには何にも見返りを期待しない。
こどもと大人の関係をまたひとつ考えさせられました。

Posted by sono : at 11 30, 2005
Comment No.3

tenkoさん、sonoさん、コメントありがとう。

大体読んだおぼえがある本というのは小学生になるくらいの時のことが多いように思います。私も、小学生になってから読んだ絵本のことは覚えていますから。
でも幼児の頃のことって、親が小中学生になった子に、「ほらこれ好きだったじゃない」って言っても「へえそう」みたいな感じですよね。
子どもって、ほんとに<今>を生きてるんだなって思います。

つい先日、久しぶりにまついのりこさんの講演を聞く機会がありました。そうしたら、やっぱり「ちいさいおうち」の絵本を広げて、心の中の滴の話をしていらっしゃいました。何十年経っても伝えたい真実の1つなんだなあ、と改めて感じ入った次第です。

お二人の中にも、みんなの中にも、きっと滴のたまっている泉?地下水?湖?があるのでしょうね。

Posted by ひつじ : at 12 7, 2005
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